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chili /argentinanの旅 その7
翌日、チリへ戻るため、予定より1日余裕をもって、カビアフエを朝出発、昨夜までの雪で町から出れるか心配だったが、なんとか、降りる事が出来た。
くるときに通った道をひたすら戻り、チリッ国境まで到達したが、何か様子がおかしい、トラックがずらっと並んだままで、動かない、運転手が何やら訴えていて、×(バツ)をジェスチャーで出している。
まさか...と思い、検査官になんとか聞いてみると、雪で閉鎖していて、openするのは、3、4日先だと。。。 
散りに行けるルートがまだ下の方にあるから、下のでかい町で情報を仕入れて、からそっちもほうにまわれとゆうので、来た道をひたすら戻って、その先にある、町のインフォメイションで情報を仕入れた所、チェーンがあれば大丈夫だと言う事なので、チェーンを仕入れて、急いで国境にむかったが、あまりにも道がハードで、遅くなってしまい、受付時間内に間に合わなそうだったので,手前の町で、一泊する事になった。
予定通り行かないのが南米と言うだけのことはある。1日の保険はここでなくなってしまったので、次の日出来るだけ、走る事に決めた。
チリの出国は、すんなりいったが、アルゼンチンの入国審査が厳しく、荷物はすべて調べられて、犬まで登場したが、怪しい物は何も出てこなかった(笑)
ただ、手前の町でお見上げに買った、蜂蜜が募集され、消却処分された。
行けないの知らなくてもったいない事したートホホー
その先、次の行きたい街のサインの方に行くとどんどん道が細くなって行って、ぬかるんできて、不安になってきたので、森を歩いている人に聞くと、行けると言うので、どんどん進んでみるとだんだん雪も増えすれ違いも出来ない道にとうとう、登れなくなってしまって、チェーンを装着してみたが、それでもダメでまた引き返す事になった。
もう片方の道は、砂利だが、簡単な道だったのでそっちから、回る事にしたが、途中に地図でその町まで通してる道があったので、そっちに行ってみる事にした。
またどんどん悪い道になった、途中に人がいたので、聞いてみると行けると言うので、進んでみるとまたどんどん細くなって行くので、また人がいたので聞いてみると、行けると言う
ので、さらに進むと、今度は、牛が3びき道にいて動かない、何をしても動かない。
困っていると、後ろから車が来て、しばらくすると、降りてきて、赤いジャケットで追い払ってくれた。
よく考えると、赤いもの!?大丈夫だったのか? 闘牛のみが赤に反応するのか、疑問に思う行動であった。
とりあえず、また聞いてみると、冬は雪で通れないと言われた。今までの人は。。。一人は、馬に乗っていた、もう一人は歩き。。。車に乗らない人は冬どーなているかもこの先の事まで気にかけていないようだった。
それから、こっちの人の行けるは、信用できない事がわかったので、広い道のみ使う事に決めた。
それで1000km以上走って、夜中には、行きによった海沿いの宿に着いて、ベットになだれ込んだ。

翌日は、オーム君がサーフィンを楽しみ、俺は、スケートで、ダウンヒルで腰をほぐし、体をケアーし、次の日の早朝,タローさんがフライトの為、空港に向かった、少し間違えただけで、無事時間までにおくることができ、サンチアゴの街中にあるホテルを探し、観光がてらぶらぶら街波を見て歩いた。車の渋滞がひどく、運転も荒いので、この街ではすべて歩気で回る事にした
古い建物が多く、やはり、ヨーロッパの感じが強く感じた。
地震の爪痕か、その建物が壊れたリガラスが割れたりしているのが目立った。

まだ続く

make-yukiita
”芽育雪板”
a24 gomyo



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